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なるが先生スタイル

学校の先生ってどんな仕事してるのか伝えられたらいいなって思います。

道徳の教科化に対する感想

「手品師」という話を知っていますか?

 

 大舞台での活躍を目指す売れない手品師が、子どもと「明日も手品を見せてあげる」と約束をしたその日、知り合いから「大きなステージで手品をしないか。今からこちらに来れば出演に間に合うよ。」と誘われます。

 手品師は子どもとの約束を優先するのか、知り合いの誘いにのり大きなステージで手品をするのか・・・!

 

 5年生くらいの道徳で扱われることの多い話ですね。モラルジレンマと呼ばれ、自分なら2つのうちどちらを選ぶか考えます。

 この話でのねらいは「誠実に生きることの大切さ」ですが、答えはどちらでもOKです。大きなステージに行くことを選んだ児童に「それはおかしい、誠実ではない。」なんて言えません。

 

 このように、道徳の授業において、読み物教材を使うことはとても多いです。読み物を使うこともあれば、学級の中で話し合tうこともあります。

 「必ず読み物で。」と示されているわけではなく、その時々の学級の実態に応じて、道徳の授業をしますが、その道徳が教科化されることが決定しています。

 

 

道徳の教科化に対する世間の反応

  教科化に対する意見を調べてみると、一般的には賛成が圧倒的に多いです。背景には、いじめ問題があり、思いやりの心を育てることを重要だと考えている方が多いのではないでしょうか。

 

 一方、道徳が重要性について理解していることを前提にしても、教員は反対が圧倒的に多いです。一概には言えませんが、教科化によって評価しなければならないことが大きな要因だと思います。学校の中でも「数値による評価なしってことは、所見でしょ?また1つ仕事が増えるわ。」というお局様の声が聞こえます。

 

道徳で求められていることは?

 道徳で求められている力は、「道徳的実践力」です。

 要するに、読み物でも何でもいいのですが、「自分だったらどうするか考え、実生活で実行すること」です。手品師であれば、自分だったらどちらを選ぶか考え、同じような場面に出くわした時も、「手品師って話で、似たようなこと考えたなあ。〇〇を選ぶぞ。」と実行できることが求められます。

  「寄り道がいけない」という話を扱ったとしたら、友達に誘われたときもしっかり断るようにすることを目指します。

 道徳的実践力には、様々な場面が想定されます。

 

教科化する必要性

 道徳的実践力には、様々な場面が想定されるため、全ての授業がいじめ問題を解決することに直結するとは言い難いと思います。

 内容によっては、いじめと関係のある話もあるとは思います。それであれば、あえて教科化するのではなく、「いじめに関係する話を学期に1度取り扱う。」など決めてしまう方がよいと個人的には思うので、教科化の必要性を感じません。「しっかり道徳の授業をしていない教員がいるって話もあるから教科化するんだ。」と言われれば、反論できませんが・・・。

 

まとめ

 道徳の授業をすること自体に抵抗はないのですが、お局様同様評価については疑問が残ります。ただでさえ教員の過労が取り上げられているのですから、これ以上負担が増えないといいなって思います。

 

 手品師は教材として面白いので、ぜひ1度授業してみてください!